この動画は『秒速5センチメートル』考察の第3弾です。第1話「桜花抄」で切ない再会を果たした貴樹は、第2話「コスモナウト」で舞台を鹿児島へと移します。
「宇宙飛行士」を意味する『コスモナウト』は、一見明るく爽やかな描写が多いですが、やはり込められたメッセージは奥深く、胸に刺さります。
今回は、貴樹に恋をする少女、澄田花苗(すみだ かなえ)の視点から物語が進むこの物語で、なぜ貴樹の顔が描かれないシーンがあるのか、そしてロケットや影が何を意味するのかを徹底的に解説していきます。
見どころ
- 見どころ1:花苗の揺れる心の描写:★★★★★
- 見どころ2:背景に隠されたメッセージ:★★★★★
- 見どころ3:高貴の隠された内面:★★★★☆
なぜ貴樹の顔は描かれないのか?
第2話『コスモナウト』では、貴樹の顔のパーツが描かれない場面が何度か登場します。例えば、花苗が隠れて待つ単車置き場に来た貴樹や、花苗がコンビニの外で携帯電話を操作する貴樹を見つめるシーンなどです。
これは偶然ではありません。貴樹以外の人物の顔はきちんと描かれているからです。この演出は、「花苗が貴樹のことをちゃんと見ていなかった」ことを示しているのではないでしょうか。
小説版では、花苗は貴樹を100メートルほど離れた場所からこっそり見つめていると書かれています。彼女は貴樹に対して、「他の男の子たちとはどこか少し違っていた」と、理想を重ねて見ていました。本当の貴樹を理解するほど、心の内側に踏み込むことができていなかったのです。
しかし、夜の草原で携帯電話を見つめる貴樹を見つけたシーンでは、彼の顔が描かれています。この時初めて、花苗は貴樹の「迷ってばかりなんだ」「できることをなんとかやってるだけ」という内面に触れることができました。
ロケットと影が意味するもの
貴樹と花苗が帰宅する途中、ロケットを運搬するトレーラーに遭遇します。時速5kmで進むトレーラーを、二人は封鎖された道路で待ちます。この様子は、第1話の「踏切」と同じく、二人の心情の変化を表しています。
憧れだった貴樹と同じように、答えの分からない何かに向かって努力する花苗。ロケットが打ち上げられる様子を見つめる二人の姿は、「遠い彼方へ手を伸ばす」ことの象徴です。それは、互いがそれぞれの道で懸命に生きている姿を重ね合わせているようにも見えます。
そして、このロケットの打ち上げは、花苗に決定的な気づきを与えます。ロケットが打ち上がった時、貴樹がいる側には長い影ができていました。
小説版では、光と影の描写が多用されています。
- 花苗は校舎の影と光の境界線に立っている。
- コンビニの自動ドアから出た貴樹は光の中。
- コンビニの角を曲がって単車が置いてある小さな駐車場は影の中。
そして、貴樹が影の世界に入っていく様子を花苗は見つめます。
ロケットが打ち上がった時も、貴樹がいる側は影になっています。これは、花苗が自分の思いが行きつく先を見届け、光の当たる側に進むことができるのに対し、貴樹は明里に対する気持ちに区切りをつけられず、まだ「影の中」にいることを示唆しているのかもしれません。
豆知識:花苗が半年ぶりにサーフィンで波に乗れた後、彼女のおっぱいのサイズが大きくなっています。これは、彼女の成長と自信を表現しているとされています。小説版では、花苗が自分の胸の小ささにコンプレックスを抱いていたことが明かされており、この身体的な変化が彼女の心の成長とリンクしていることが分かります。
告白を拒絶した貴樹の「同族嫌悪」
花苗は、サーフィンで波に乗れたら貴樹に告白しようと決めていました。しかし、コンビニを出て歩く貴樹のシャツを掴んで告白しようとした瞬間、言葉が出てこなくなります。
小説版では、この時の貴樹の表情や声が詳細に描かれています。
ただただ静かで優しくて冷たい声。思わず彼の顔をじっと見つめてしまう。ニコリともしていない顔、ものすごく強い意に満ちた静かな目。
結局、花苗は何も言えませんでした。そして、自分の思いが行きつく先を悟り、泣き崩れてしまいます。
では、なぜ貴樹は花苗の告白を拒絶するような表情や声を見せたのでしょうか。私は、貴樹は花苗に「自分と同じ生き方」を見てしまったからだと考えています。
それは、好きな人の元へ近づこうと、報われないと分かっていても懸命に努力し、先へ進もうとする姿です。花苗にとって、サーフィンで波に乗れたことと、貴樹の告白が成功するかどうかは無関係でした。この状況は、貴樹自身の境遇と同じです。彼が必死に努力しても、明里にその思いが届くとは限らないのです。
自分の報われない努力と知らずに頑張っている花苗の姿を目の当たりにして、貴樹は自身の境遇を重ね、苛立ってしまったのではないでしょうか。花苗が泣いてしまった時、貴樹がいつもの優しい声に戻ったのは、彼女が自分の心の内をさらけ出したからかもしれません。
『秒速5センチメートル』という作品は、貴樹の一途な姿勢を否定してはいません。第2話『コスモナウト』は、自分と思い人に最後まで向き合った花苗を祝福する物語なのです。
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