『フロントライン』レビュー:これは“他人事”じゃない!報道の裏で本当に起きていた物語

『フロントライン』レビュー:これは“他人事”じゃない!報道の裏で本当に起きていた物語 映画考察

2020年初頭、日本中が、いや世界中が固唾をのんで見守ったダイヤモンド・プリンセス号の集団感染。私たちは連日流れるニュース映像を、どこか遠い世界の出来事のように見ていたかもしれません。しかし、その船の中では、私たちの想像を絶する壮絶な闘いが繰り広げられていました。今回は、その知られざる真実を驚異的なリアリティで描き出した映画『フロントライン』を徹底解説します。この物語は、単なる過去の記録ではありません。今の私たちにこそ、突き刺さるメッセージが込められています!

5段階評価

この映画は、私たちが忘れてはならない記憶を呼び覚まし、困難の最前線で戦った人々の勇気と苦悩を教えてくれます。エンターテインメントとしての面白さはもちろん、社会派ドラマとして、今を生きる私たち一人ひとりが観るべき価値のある一本です。

  • 見どころ① 驚異の再現度と臨場感:★★★★★
  • 見どころ② 俳優陣の魂のこもった演技:★★★★★
  • 見どころ③ “正しさ”を問う脚本の深さ:★★★★☆

なぜ今、この物語なのか? 映画『フロントライン』制作の背景

2024年6月に公開された本作。監督は、AKB48の『恋するフォーチュンクッキー』のMVを手掛けたことでも知られる関根光才監督です。そして、このプロジェクトのキーマンは、脚本とプロデュースを務めた増本淳さん。彼は、福島第一原発事故を描いたNetflixドラマ『THE DAYS』の生みの親でもあります。

興味深いことに、増本さんが『THE DAYS』を撮影していたのが、まさにコロナ禍が始まった2020年。撮影が中断する中、医療関係者の知人を通じてダイヤモンド・プリンセス号の内部事情を知る機会があったそうです。そこで彼が耳にしたのは、メディアで報道される内容とは全く異なる現場のリアルな姿でした。まさに「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」という、あの名台詞が頭をよぎりますね。

この事実に衝撃を受けた増本さんは、「この真実を世の中に伝えなければならない」という強い使命感から、映画化を決意したのです。

ドキュメンタリーではなく「映画」である理由

これほど事実に忠実なら、ドキュメンタリーでも良かったのでは?と思う方もいるかもしれません。しかし、増本さんは最初からその選択肢はなかったと言います。なぜなら、ドキュメンタリーでは、元々関心のある人しか観てくれないから。

「エンタメの力で世の中が変わるとは思っていません。でも、興味を持ってくれる人を増やすことはできる」

この言葉通り、小栗旬さんや窪塚洋介さんといった人気俳優の力を借り、エンターテインメントというパッケージにすることで、より多くの人々にこの物語を届けようとしたのです。事実を多くの人に届けるための、戦略的で賢明な判断だったと言えるでしょう。

豆知識:実は、現代の映画業界では、原作のないオリジナル企画、特に社会派ドラマの映画化は非常にハードルが高いそうです。「終わった話を蒸し返すな」という意見と、「まだ傷が癒えていないから早すぎる」という真逆の批判。その両方に挟まれながらも、この映画は公開まで漕ぎ着けました。

【ここからネタバレあり】登場人物から紐解く、物語の深層

さて、ここからは物語の核心に触れていきます。まだご覧になっていない方はご注意ください! 各キャストが演じた役柄と、そのモデルとなった実在の人物のエピソードを交えながら、この映画の凄みを深掘りしていきましょう。

小栗旬が体現したリーダーの姿(アナン医師)

主人公であるDMAT(災害派遣医療チーム)の医師を演じた小栗旬さん。これは彼のキャリアの中でも屈指の名演ではないでしょうか。彼の持つ人間的な温かさや、俳優界をまとめるリーダーとしての器の大きさが、この役に深みを与えていました。

撮影現場には、モデルとなったアナン秀明医師本人も立ち会っていたそうです。小栗さんが外国人の女性スタッフを聴診器で診察するシーンを見ていたアナン医師は、当時の自分の背中を見ているような感覚に陥り、思わず涙が溢れてしまったといいます。それほどまでに、小栗さんの演技はリアルだったのです。

なるほど!情報:アナン医師は、小栗さんの聴診器の使い方を「研修医に見せたいくらい完璧だ」と絶賛していました。見えない部分の役作りまで徹底しているのが、一流の俳優たる所以ですね。

“キング”の説得力!窪塚洋介の存在感(近藤医師)

小栗旬さんとの共演と聞けば、我々世代はドラマ『GTO』を思い出さずにはいられません! そんな窪塚洋介さんが演じたのは、DMATを統括する立場の近藤医師。彼の持つ独特のカリスマ性と説得力が、この役にぴったりでした。

「悪いことすんなって言ってんじゃないの。ダサいことすんなって言ってんの」という『池袋ウエストゲートパーク』の名台詞のように、彼の言葉には不思議な力があります。「こういう時のために医者になったんでしょう」といった、ともすれば綺麗事に聞こえがちなセリフも、彼が言うとズシンと心に響きます。現場の医師たちと、後方支援で全体を管理する側との間で生じる軋轢。それは、どんな組織でも起こりうること。その緊張感と、それでも前に進もうとする信念を見事に表現していました。

“また官僚役”でも光る、松坂桃李の巧みさ

松坂桃李さんと聞くと、「また官僚役か!」とツッコミを入れたくなった方も多いのでは? しかし、今回も彼の演技は素晴らしかった。当初はどこか他人事で横柄な態度を見せながらも、現場の過酷さを目の当たりにし、次第に使命感に目覚めていく官僚の姿を繊細に演じ切りました。

彼の役のモデルとなったのは、厚生労働省の医系技官である堀岡信彦さんたちです。医系技官とは、医師免許を持つ官僚のこと。だからこそ、彼は医療の現場にも足を踏み入れることができたのですね。映画ではスマートに描かれていましたが、実際は何度も頭を下げ、泥臭い根回しを重ねていたそうです。こうした官僚たちの尽力なくして、事態の収束はあり得なかったのです。

観る者の胸を打つ、名脇役たちの熱演

この映画は、主演級だけでなく、脇を固める俳優陣も本当に素晴らしいです。

  • 一ノ瀬ワタル(DMAT隊員・高橋さんモデル):任務を終え帰宅した際、ウイルスを家に持ち込むことを恐れ、抱きつこうとする妻を咄嗟に避けてしまうシーン。これは実際にあったエピソードで、彼の苦悩と家族への想いが伝わってきて胸が締め付けられました。
  • 森七菜(クルーズスタッフ・和田さんモデル):今や引っ張りだこの彼女ですが、実は英語は堪能ではなかったそう。しかし、脚本を読んで役の重要性を感じ、猛特訓。劇中では見事な英語を披露していました。彼女が演じた、乗客に寄り添うスタッフの優しさは、この極限状況の中での一筋の光でした。
  • 佐久間由衣(テレビ記者):この役は、本作で唯一実在のモデルがいません。プロデューサー曰く、この記者は「好奇心と批判的精神に溢れた傍観者」。つまり、当時の私たち自身の姿を投影したキャラクターなのです。

総括:『フロントライン』が私たちに問いかけるもの

この映画は、単に「現場は大変だった」という話ではありません。事実を淡々と、しかし圧倒的な熱量で描きながら、私たちに多くのことを問いかけてきます。

報道されなかったヒーローたちの苦悩

最も衝撃的だったのは、命がけで奮闘していたDMATの隊員やその家族が、世間から「売菌」扱いされていたという事実です。自分の子供が保育園への登園を拒否されたり、任務を終えた後に勤務先の病院長に謝罪に行かされたり…。そんな理不尽なことが、たった数年前にこの国で起きていたのです。

劇中で一ノ瀬ワタルさんが叫んだ「隊員や隊員の家族のことは、誰が心配してくれるんですか!」というセリフ。これは、彼らの心の叫びそのものだったのでしょう。

DMATとは?:DMAT(Disaster Medical Assistance Team)は、災害派遣医療チームの略称です。阪神・淡路大震災を教訓に設立され、災害の急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チームです。日頃から厳しい訓練を積んだ、まさにプロフェッショナル集団なのです。

“正しさ”とは何か?

当時、ネットやワイドショーでは、様々な“正論”が飛び交いました。「政府の対応は無能だ」「隠蔽しているに違いない」。そうした声に、私たちはどれだけ影響されたでしょうか。

この映画は、ある医師による内部告発の動画についても公平に描いています。しかし、その告発もまた、全体から見れば一つの側面でしかありません。危機管理という言葉はありますが、そもそも管理できない状況を「危機」と呼ぶのです。刻一刻と状況が変わる中で、絶対的な正解などありませんでした。

外野からの批判に晒されながらも、現場の人々は反論することなく、ただ目の前の命を救うために「やれることは全部やる」という一心で動き続けていました。その姿に、私たちは何を思うべきでしょうか。

映画の終盤、小栗旬さん演じる医師が、松坂桃李さん演じる官僚に「偉くなれ」と告げます。これは、現場の思いを理解し、正しい判断ができる人間が組織の上に立つことの重要性を訴える、力強いメッセージでした。

『フロントライン』は、過去を振り返るだけの映画ではありません。情報が溢れる現代で、私たちは何を見て、何を信じ、どう行動すべきなのか。それを改めて考えさせてくれる、必見の作品です。あなたは、この物語から何を感じ取りましたか?

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