お笑い界の深淵へ!M-1王者が見た「漫才の真実」とは?
今回の対談は、普段はあまりお酒を飲まないというノンスタイル石田さんと、水で気分を良くする哲夫さんの、文字通り「酔いが回る」ような熱い漫才談義からスタートしました。M-1チャンピオンである石田さんが、哲夫さんの前で漫才について語ることに「一番ビっているかもしれない」と本音を漏らすほど、哲夫さんの分析力に対するリスペクトが伺えます。その背景には、哲夫さんが語る、お笑いにおける「才能」と「分析」の深い洞察がありました。
この動画は、私たちに多くのヒントを与えてくれます。日頃の仕事や人間関係にも通じる「戦略」や「自己受容」のヒントが得られる点、そして普段見ることができないM-1王者同士の熱い漫才談義は、お笑いファンならずとも興奮すること間違いなしです。自身の仕事や趣味にも活かせる思考法が満載で、「なるほど!」と感じる瞬間が連続します。
見どころ
- M-1王者のリアルな葛藤と戦略: ★★★★★ノンスタイル石田が若手時代に抱えていた「凡人」としての悩み、そして「キングオブポップ」を標榜するまでの覚悟と、ベテランとして「ポップ」であり続けることの苦悩に迫ります。
- 哲夫が語る「分析」の重要性: ★★★★★「才能がないから分析する」という哲夫の逆説的なお笑い論は、センスや才能に頼りがちな現代社会において、努力と分析で道を切り開くヒントを与えてくれます。
- 「寄席最強」テンダラーの神業解説: ★★★★★M-1優勝直後のノンスタイルをしても打ち破れなかった、テンダラーの観客を惹きつける「生」の漫才術を、哲夫が具体的なテクニックを交えながら深掘りします。
センス不要論? 哲夫が語る「分析」という武器
「才能がないから分析するしかない」――この言葉は、私たちをハッとさせます。天才的なひらめきや圧倒的なセンスを持つ芸人たちがひしめく中で、哲夫さんは自身を「センスがない」と評し、その不足を補うために徹底的な分析を行うと語ります。これはお笑いの世界に限らず、あらゆる分野で「才能の壁」にぶつかる私たちにとって、大きなヒントとなるのではないでしょうか。
豆知識: 哲夫さんが言う「分解して組み立てる」という思考法は、問題解決のフレームワークとしてビジネスシーンでも活用されます。複雑な問題を要素に分解し、それぞれの原因や関係性を分析することで、より効果的な解決策を導き出すアプローチです。
石田さんもまた、同じような悩みを抱えていた時期があったと明かします。どんなに傾向と対策を練っても、どうにもならない「天才」の前に自分の「凡人さ」を突きつけられ、打ちひしがれた経験。しかし、哲夫さんの「天才は本当に数人しかいない。分解して組み立てたらたどり着ける領域がある」という言葉に救われたと言います。この「分解と組み立て」の重要性は、単なるネタ作りにとどまらず、芸人としてのアイデンティティ確立にも繋がっていくのです。
NON STYLEの葛藤と「キングオブポップ」の覚悟
ノンスタイルがM-1グランプリでブレイクする以前、彼らはその「ポップ」なネタで人気を博していました。しかし、芸人の間では「身内受けしにくい」「軽い」と見られることも少なくなかったと言います。哲夫さんが石田さんに「自分すごいポップやな」と声をかけた際、石田さんは臆することなく「キングオブポップ目指してんですよ」と答えたエピソードは、彼がいかに自分のスタイルを受け入れ、戦う覚悟を持っていたかを物語っています。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。「センスあると思いたい」「でも凡人である」という葛藤の中で、石田さんもまたプライドに固執し、停滞した時期があったと告白します。大阪でお笑い的にいじめられ、東京へ行く前には漫画「今日から俺は!!」を読んで自分を鼓舞したというエピソードは、彼の繊細さと同時に、明るい笑いの裏にある強い意志を感じさせます。
ベテランとなり年齢を重ねた今、ノンスタイルも「ポップでいられなくなる」という新たな壁に直面していると石田さんは語ります。若い頃と同じ「ポップ」では、年齢やキャリアに無理が生じてしまうからです。ツッコミの井上さんも一時期、ポップであることに諦めを抱き、シュッとしたツッコミを目指そうとした結果、受けが甘くなった時期があったそうです。しかし、観客が「求めているノンスタイル」の味を失わないために、彼らは再び「ポップ」を模索し、今の年齢に合った形で再構築するという「発明」を成し遂げたのです。
ベテラン漫才師の技術とM-1の舞台裏
漫才師にとって、お客さんの反応は常に最高の教師です。特にM-1のようなコンテストと、普段の寄席では、その戦い方が大きく異なります。哲夫さんは、M-1王者として最も勢いがあった時期に、ある先輩芸人の「神業」を目の当たりにし、自身の漫才観を大きく揺さぶられた経験を語ります。
テンダラーの「生」の漫才術に見た衝撃
M-1優勝直後、まさに「日本一」の気分で臨んだルミネの寄席で、ノンスタイルはまさかの「薬とも受けない」という完全な沈黙を経験します。客が少ない雨の日で、トップバッターから誰も笑わない重い空気。普段なら「客が悪い」とさえ思ってしまうような状況でした。しかし、その直後に出演したテンダラーの漫才が、哲夫さんの度肝を抜きます。
豆知識: 寄席における漫才は、コンテストとは異なり、持ち時間が長く、観客の反応を見ながら柔軟にネタの構成やテンポを変える「生」の力が求められます。テンダラーさんのように、重い空気をひっくり返すことができる芸人こそ、「寄席最強」と呼ばれる所以です。
テンダラーは、冒頭の鉄板小ネタが全くウケない状況から、短めの本ネタ、そして再び小ネタに戻るという異例の構成を見せます。その小ネタが徐々に客にハマり始め、最終的には長尺の大ネタで大爆笑と拍手喝采をかっさらったのです。「お客さんたちをちょっとずつ引き寄せる」その技術を目の当たりにし、哲夫さんはM-1で日本一になったばかりの自分の漫才が、まだまだ「日本一」ではないことを痛感したと言います。この経験が、哲夫さんが「M-1に特化した漫才」ではなく、「寄せで強い漫才」の探求にシフトするきっかけとなりました。
テンダラーの白川さんが、その場の客の反応を見て瞬時にネタを変える「打ち合わせなしの神業」に、哲夫さんは恐怖すら覚えたと語ります。M-1のような一本勝負のコンテストでは、途中でネタの構成を変えることは非常にリスキーです。しかし、寄席ではそれができる。そしてテンダラーは、その変化を「変えていると感じさせない」見事なまでに自然な流れでやってのけるのです。
哲夫さんは、テンダラーの滑舌が決して良いわけではないが、重要な部分は聞き取りやすいという特徴を分析します。その秘密は、重要なセリフを長ゼリフの「頭かケツ」に持ってくる、あるいは「一拍開けて」言うというテクニックにあると言います。これはブラックマヨネーズさんや、巨人・阪神さんといった大師匠方も無意識的、あるいは意図的に使っている技術だそうです。話の進むスピードは早くなくとも、同じことを繰り返したり、重要な名詞や動詞を強調したりすることで、聞き手に強く印象を残すという、まさに「聞かせるためのロジック」がそこには存在しているのです。
若手は要注意!「メタ漫才」の落とし穴
対談では、漫才における「メタ的な笑い」についても議論が及びました。メタ漫才とは、漫才の構造や舞台裏をネタにする手法で、ノンスタイル石田さんも活用していると言います。しかし哲夫さんは、「メタをやるにはキャリアがいる」と釘を刺します。お客さんがその芸人のことを認知し、ある程度のバックボーンを知っているからこそ、その「裏の手口」が面白く映るのだと。
豆知識: 「メタフィクション」とは、フィクション作品が自身がフィクションであることを自覚しているかのような表現技法を指します。漫才におけるメタ的な笑いもこれに通じ、芸人が「今漫才をしている」という状況自体をネタにする表現と言えます。
NSC(吉本総合芸能学院)では「やるな」と指導されるこのメタ漫才を、若手が安易に使うとどうなるのか。哲夫さんは「お客さんが覚める」と指摘します。お客さんは、その場の「嘘」を飲みに、騙されに来てくれているわけだから、それを裏切るような行為は面白くありません。「タイタニックを見てレオナルド・ディカプリオが本当に沈んだとは思ってないけど、涙する」ように、観客は本気で騙されに来ているのです。若手芸人が「なんでボケないんだ」とツッコんでも、観客は「普段どんなツッコミしているのか知らない」から、その面白さが伝わらないのです。
ブラックマヨネーズさんの漫才が、初見の観客にも「前振り」の部分でしっかりキャラクターを説明し、後半のネタでそれを活かすことで、誰が見ても笑えるように工夫されていることにも触れられました。これは、観客に「知られている前提」で話を進めるスターの立ち振る舞いを、若手が安易に真似してはいけないという教訓でもあります。
漫才の真髄と意外な素顔
漫才の技術論から、芸人の生き様まで語られた今回の対談。最後には、哲夫さんの意外な素顔や、漫才に対する深い愛情が垣間見えました。
漫才師は「噛んでナンボ」? リアルさを追求する笑い
コンテストが広まりすぎた現代では、「噛むこと」が悪者になりすぎていると哲夫さんは警鐘を鳴らします。「噛まないに越したことはないが、大したことではない」という考えは、多くの芸人に勇気を与えるのではないでしょうか。アナウンサーのように綺麗に喋るのが仕事ではなく、「面白く喋る」のが漫才師の仕事だからです。M-1の舞台でも多くの先輩芸人が噛んでおり、特にトレンディエンジェルのたかしさん(本文中では得意さんと聞こえる箇所ですが、文脈からたかしさんと推察されます)は、芝居がかったテンションの中で噛むことで、むしろリアルさや夢中になっている様子を表現していると評します。
豆知識: 実際の人間同士の会話では、誰でも噛んだり詰まったりすることがあります。漫才において「噛むこと」を許容することは、完璧な演技よりも「人間らしさ」や「生の感情」を重視する、ある種のリアリズムの追求とも言えます。
石田さんもまた、ネタの入りで「戦闘能力を一度下げる」ために、あえて噛んだりどもったりすることがあると明かしました。これは、最初から完璧な漫才を見せてしまうと、その後のハードルが上がりすぎてしまうため、意図的に緩急をつけるテクニックだと言います。「天才の漫才を最初からやってしまうと、その後に噛めなくなる」という石田さんの言葉は、完璧さを求めるあまり自分を縛ってしまう現代人の姿にも重なります。
哲夫のネタ作り哲学とオタク気質
石田さんは哲夫さんを「街中華の料理を出す」ようなスピード感で、それでいて「懐石料理」のような繊細な組み立てをする芸人だと評します。しかし哲夫さん自身は、自身の表現力に限界があると感じており、それを「構成」でカバーしていると語ります。得意な表現に落とし込むために筋道を立て、その筋に矛盾が出ないようにこだわっていると。これは、自分の強みを最大限に活かし、弱みを補うための戦略的なアプローチであり、まさに「才能がないから分析する」という哲学の実践です。
長ゼリフが苦手なクゼさん(相方の西野さんを指すと思われます)や、自身の滑舌の悪さという「ネック」を理解した上で、最も効果的な構成を模索する哲夫さんの姿は、プロフェッショナルの仕事に対する真摯な姿勢を教えてくれます。
「コワモテ」の裏に隠された意外な一面
石田さんは、哲夫さんのことを「コワモテで寡黙な人」というイメージを持っていたと語ります。しかし、実際に話してみると「めっちゃ喋ってくれるやん」と、そのギャップに驚いたそうです。哲夫さん自身も、世間からはそう見られがちだと認めつつ、「実は明るいのは俺の方だと思う」と意外な本音を明かします。
お笑い界は「心に闇を持って、それを面白く消化する人たち」がメインの職場であり、本当に明るい人は浮いてしまうことがある、と哲夫さんは語ります。しかし、彼自身は「何も考えてない」「ペラっペラ」であり、漫才を作るのが「パズル好き」「プラモデル好き」のような感覚で、ただ好きなことを突き詰めているだけの「オタク」なのだと言います。吉本プラモデル部を立ち上げるなど、同じ趣味を持つ仲間とは饒舌に語り合う一方で、そうでない場では「分からないし、黙っておこう」と、あえて距離を置くタイプなのだそうです。
豆知識: 人間には、特定の情報処理や思考パターンに優れる「認知スタイル」があります。哲夫さんの「パズル好き」「分析好き」という特性は、論理的思考力や問題解決能力に長けた「システム思考型」の認知スタイルを持っていることを示唆しています。
自分の思想と違う相手を否定したくないから、あえて距離を置く。若手からネタの相談をされても、相手の感覚を尊重し、「いいと思うよ」と踏み込まない。そんな哲夫さんの姿は、「コワモテ」のイメージとは裏腹に、非常に繊細で、他者への深い配慮とリスペクトを持っていることが分かります。
お笑いの深さ
今回のノンスタイル石田さんと哲夫さんの対談は、お笑いの奥深さ、そして芸人たちの人間としての葛藤や成長、プロフェッショナルとしての哲学を存分に感じさせるものでした。漫才というエンターテインメントの裏側には、緻密な分析、たゆまぬ努力、そして何よりも「観客を楽しませたい」という熱い想いがあることを改めて教えてくれました。才能に恵まれなくても、分析と努力で道を切り開くことができるという哲夫さんの言葉は、私たち自身の仕事や人生にも大きな示唆を与えてくれるでしょう。M-1王者同士が語り合った「お笑いの真実」は、まさに必見の価値があります。


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