新しいテクノロジーが生まれる時、そこには常に「期待」と「不安」が渦巻いています。特にAIや暗号資産(クリプト)のような、社会を根底から変える可能性を秘めた技術に対しては、その声も一層大きくなるものです。しかし、過度な不安から生まれる規制が、イノベーションの芽を摘んでしまうとしたら?
見どころ
この対談は、AIと暗号資産という二つの巨大なテーマについて、政策決定の裏側にある思想や戦略を深く掘り下げています。単なる技術解説ではなく、自由なイノベーションの重要性や、国家間の競争という大きな視点から未来を考えるきっかけを与えてくれます。
- 見どころ1:規制の功罪:★★★★★
- 見どころ2:AIの本当のリスク:★★★★★
- 見どころ3:対中国戦略の核心:★★★★☆
AIと暗号資産、未来を創る二大テクノロジー
デイビッド・サックス氏は、なぜAIと暗号資産という二つの分野を同時に担当しているのでしょうか? 彼はその理由を「どちらも比較的新しい技術で、多くの人々が恐怖心を抱き、よく理解していないからだ」と語ります。確かに、その通りですよね。
彼の役割は、技術革新が生まれるシリコンバレーと、ルールを作るワシントンとの間に存在する「文化の溝」を埋めることにあります。シリコンバレーはスピードと自由な発想を重んじる一方、ワシントンは安定と秩序を重視します。この二つの世界の「翻訳者」として、彼はアメリカの未来を左右する重要な役割を担っているのです。
暗号資産(クリプト)政策:不確実性から「世界の首都」へ
まずは暗号資産から見ていきましょう。ここ数年、この業界は厳しい冬の時代を過ごしてきました。
バイデン政権下の「冬の時代」
バイデン政権下、特に証券取引委員会(SEC)は「執行による規制」というアプローチを取りました。これは、明確なルールを示す代わりに、いきなり企業を訴追し、罰金を科し、時には創業者を投獄するというものです。他の企業は、その判例を見て「これがルールなのか…」と推測するしかありませんでした。
サックス氏が語るエピソードは衝撃的です。暗号資産企業の創業者というだけで、個人の銀行口座さえ開設を拒否される「ディバンキング」が横行していたというのです。これでは事業を続けるどころか、生活すらままなりません。結果として、有望な企業や才能ある起業家たちは、次々とアメリカを離れ、海外へと拠点を移してしまいました。
トランプ政権が目指す「規制の明確化」
これに対し、トランプ政権が掲げるのは真逆の方針です。起業家たちが求めているのは、「ルールを無視させてくれ」ということではなく、「とにかくルールを教えてくれ。そうすれば喜んで従うから」というシンプルな願いでした。
トランプ大統領は「アメリカを暗号資産の惑星の首都にする」と宣言し、規制の明確化を約束しました。これにより、企業は安心して事業計画を立て、投資家は保護され、アメリカ国内でイノベーションが再び活発になることを目指しています。不確実性という名の厚い氷を溶かし、業界に春を呼び戻そうというわけです。
豆知識:ステーブルコイン法案「Genius Act」トランプ政権下で成立したこの法律は、米ドルなどに価値が連動する「ステーブルコイン」に関するルールを定めたものです。これは暗号資産業界にとって大きな一歩であり、対談でも「この法案成立が、業界全体に『新しい時代が来た』というポジティブなシグナルを送った」と評価されています。
AI政策:「アメリカが勝つ」ための方程式
さて、もう一方の主役であるAIに話を移しましょう。こちらは暗号資産とは少し違う問題を抱えています。
許可なきイノベーションこそがシリコンバレーの魂
シリコンバレーが世界最高のイノベーション拠点であり続ける理由は、サックス氏によれば「許可なきイノベーション(permissionless innovation)」の文化にあります。これは、「誰かの許可を得なくても、ガレージや寮の一室からアイデアを形にできる」という精神です。
しかし今、この文化が危機に瀕しています。一部の巨大AI企業が、自分たちの優位性を保つために、政府に厳しい規制を働きかける「規制捕獲(Regulatory Capture)」に動いているからです。
彼らの戦略は巧妙です。「AIは人類を滅ぼすかもしれない危険な怪物だ!」と恐怖を煽り、「だから我々のような責任ある大企業だけが、政府の厳格な管理下で開発すべきだ」と主張します。これが通れば、新しいモデルをリリースするたびにワシントンの官僚の承認が必要になり、スタートアップは太刀打ちできません。イノベーションのスピードは劇的に落ち、結果的にアメリカの競争力を削ぐことになります。
用語解説:規制捕獲(Regulatory Capture)とは、規制する側(政府機関)が、本来は規制されるべき側(特定企業や業界)の利益を代弁するようになってしまう状況を指します。新規参入を妨げる障壁となり、市場の健全な競争を阻害します。
AIの最大のリスクは「ターミネーター」ではなく「1984」
AIの危険性というと、映画『ターミネーター』のようにロボットが人類に反乱を起こす未来を想像しがちです。しかし、サックス氏は「本当に恐れるべきはジェームズ・キャメロンの世界ではなく、ジョージ・オーウェルの世界だ」と警鐘を鳴らします。
つまり、AIの最大のリスクは物理的な破壊ではなく、小説『1984』で描かれたような、政府による情報統制や監視のツールとなることです。AIがインターネット上の情報の主要な窓口になるにつれて、権力者が自分たちに都合の良い情報だけを見せ、歴史を書き換え、人々を思想的にコントロールする「Orwellian AI」が現実になりかねません。
最近話題になった、AIが史実と異なる画像(例えば黒人のジョージ・ワシントン)を生成した「Woke AI」問題は、そのほんの入り口に過ぎないのかもしれません。AIに特定の思想(DEIなど)を埋め込むことは、答えを歪め、真実を覆い隠す危険性をはらんでいるのです。
AGIは本当にすぐそこまで来ているのか?
一時期、「AGI(汎用人工知能)は2年以内に実現する」といった言説が飛び交いましたが、最近では専門家の間でもその見方は後退しつつあります。AIは確かに驚異的な進歩を遂げていますが、それは特定のタスクにおいてです。
サックス氏は「AIは多神教的であり、一神教的ではない」という表現を引用します。これは、すべてを知り、すべてを支配する唯一の万能の神(AI)が登場するのではなく、それぞれが得意分野を持つ多くの小さな神々(特化型AIモデル)が生まれている、という見方です。この考え方は、AIが人間の仕事を奪うのではなく、人間の能力を拡張する協調的なツールとして発展していく可能性を示唆しており、少し安心させてくれますね。
グローバル競争の最前線:対中国戦略とオープンソース
AI開発は、国家の威信をかけたグローバルな競争でもあります。特に最大のライバルは中国です。
禁輸は逆効果?「囲い込む」ワシントンと「拡散で勝つ」シリコンバレー
バイデン政権は、最先端の半導体(GPU)などを中国や、さらにはサウジアラビアやUAEといった米国の同盟国にさえ輸出することを厳しく制限しました。その狙いは、技術を囲い込むことでアメリカの優位を保つことでした。
しかし、これはシリコンバレーの「勝ち方」とは全く異なります。テクノロジー競争で勝つには、より多くの開発者やユーザーを自社のプラットフォームに引き込み、巨大なエコシステムを築くことが重要です。顧客を締め出すことは、彼らをライバルである中国の腕の中に押しやるようなものです。結果として、中国のファーウェイなどが中東や東南アジアで影響力を拡大するという、皮肉な状況が生まれてしまいました。
オープンソースAIで中国に後れを取っている現実
驚くべきことに、現在最も優れたオープンソースAIモデルの多くは中国製です。オープンソースは、ソフトウェアの設計図を公開し、誰もが自由に利用・改変できるようにする仕組みです。本来なら自由なアメリカが得意としそうな分野ですが、なぜか逆転現象が起きています。
サックス氏は、アメリカも自国のオープンソースイニシアチブを積極的に支援すべきだと主張します。オープンソースは「自由」の象徴であり、巨大企業や政府による中央集権的なコントロールに対する重要な対抗策となるからです。
ヨーロッパのAI戦略への皮肉な視点
この対談で非常に興味深いのが、ヨーロッパのAI戦略に対する視点です。ヨーロッパは、AIに関する包括的な規制案を世界に先駆けて導入するなど、「規制で世界をリードする」ことを誇りにしています。
これに対し、登壇者たちはロナルド・レーガンの有名な言葉を引用して皮肉ります。
「動くものには、課税せよ。それでも動き続けるなら、規制せよ。そして動かなくなったら、補助金を出せ」
これは、過剰な規制でイノベーションの芽を摘み取っておきながら、成長しなくなった産業に公的資金を投入するという、ヨーロッパの政策スタイルを揶揄したものです。イノベーションを strangled in their crib(揺りかごの中で絞め殺す)とまで表現しており、アメリカが同じ轍を踏んではならないという強い意志が感じられます。
未来のテクノロジーとどう向き合うべきか
この対談を通じて見えてくるのは、テクノロジーの未来は、技術そのものだけでなく、私たちがどのような「ルール」を選ぶかに大きく左右されるという事実です。
「AIは危険だ」という恐怖を煽る物語(AI dumerism)は、気候変動問題と同様に、経済や情報空間に対する政府のコントロールを正当化するための便利な道具になり得ます。しかし、サックス氏が訴えるのは、そうした悲観論に流されるのではなく、アメリカの強みである「許可なきイノベーション」の精神を信じ、自由な競争を通じて未来を切り拓いていくことの重要性です。



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