観光は「もっと来てもらう」だけの時代を終え、「どう滞在してもらうか」に進化しています。分散と連泊、そして文化財の活用ができれば、人口減少下でも地域経済は十分に伸ばせます。焦らず、しかし手は止めず。2026年に向けて今から設計すれば、過度な混雑なく持続的に稼げる観光が実現できます。
見どころ
- 文化財×観光の新モデル(奈良監獄ミュージアムとホテル化):★★★★★
- 「インバウンドより国内」の本質とデータを読み解く:★★★★☆
- オーバーツーリズムの正体=過度集中をどう崩すか:★★★★★
いま観光の問いは「増やす」ではなく「設計する」へ
多くの地域で、観光は盛り上がっているのに暮らしは楽にならない、という声を耳にします。原因は単純です。観光客数が増えても、滞在が短く支出が偏在し、混雑コストが地元に積み上がれば、体感はむしろマイナスになります。
では、何をどう変えるべきか。文化財を保存しながら活用する仕組み、国内旅行の底上げ、過度集中の解消、そして宿泊税とDMOの設計です。
奈良監獄が示す「保存と活用」の実装知
歴史的価値を観るから考えるへ
奈良監獄は明治期に建てられ、近代の人権意識を映す象徴的建築として国の重要文化財に指定されています。
星野リゾートが手掛ける新施設は、単なる見学にとどまらず、「美しき過去からの問いかけ」をコンセプトとしたミュージアムとして生まれ変わります。規律と日課に彩られた獄中の生活を辿ると、私たちの現代の働き方や時間の使い方が不意に重なります。
見終えたあと、「会社に戻る前に人生設計を見直したくなる」という軽い副作用付きです。
ホテル化:痕跡を残す設計と経済性
客室は旧独房のシェルを生かして回収し、ドアや天井に痕跡が読み取れるようにしています。
これは歴史的価値の毀損を避けつつ、観光収益で保全費用を賄うスキームの実験でもあります。税金で守るだけではない、観光の力で守り抜くモデルです。
ホテルとミュージアムが同居することに違和感を覚える方もいるかもしれませんが、経済性を確保しながら保存を継続するには、滞在=支出の場を併設するのが合理的です。
豆知識:明治期の監獄建築は放射状配置など光と監視性を両立する設計思想が特徴です。痕跡を残す回収は、破壊的改修よりも保存学的に評価されやすく、ガイドツアーなどの解説コンテンツとも相性が良いのです。
「インバウンドよりも国内」を直視する
数の目標より、持続の目標へ
訪日客6000万人という数値目標は雄大ですが、世界の文脈を冷静に見れば上限も見えてきます。世界最多規模のフランスは約8000万人、島国である英国は4000数万人規模です。日本の着地はその間でフラット化していくのが自然でしょう。
重要なのは、到達点をどう維持するかです。達成した途端に混雑と反感で逆回転、は避けなければなりません。
国内こそ主戦場である理由
最新の構成では観光消費の約7割が日本人の国内旅行です。2024年の総消費34.3兆円のうち、国内旅行は25.1兆円を占めます。
つまり、インバウンドを積み上げても、国内需要が萎めば全体は縮みうるのです。実際に、インバウンド増でも総消費がマイナスに触れた年がありました。人口減少の日本で稼ぐには、国内の「連泊」「平準化」「体験価値」を丁寧に積み上げることが不可欠です。
なるほどポイント:1泊を2泊にするだけで、交通やCO2はほぼ同じなのに、現地の支出は大幅に増えます。これが「脱・単純成長」でも経済を伸ばせる理由です。
オーバーツーリズムの正体は「オーバー・コンセントレーション」
混雑は全国的な問題ではなく局所的な偏り
外国人延べ宿泊の約75%が上位5都道府県に集中しています。
つまり、47都道府県のうち大多数では、受け入れ余力が眠ったままです。京都の路地や都心のバスがすし詰めでも、数百キロ離れた地域は静かなままという非対称が構造的な無駄を生んでいます。
分散のキードライバー:国立公園と山のリゾート
日本には35の国立公園があり、自然観光のポテンシャルはきわめて高いのに、その開発は文化観光に比べて遅れています。
群馬では「心揺さぶる山ホテル」というコンセプトで山岳滞在を磨き、山口の下関では日帰り中心から宿泊へと転換を図ります。文化財で人を惹きつけ、自然で滞在を伸ばす。文化×自然の掛け算が分散の主役です。
実装手順:連泊・分散・平準化を仕掛ける
短期で効く運用アイデア
- 連泊割引を「2連泊=地元体験1つ無料」の形にして、滞在延長の動機を体験価値で付与する。
- 繁忙期の価格は静かに上げ、閑散期は体験をバンドルして総額価値を維持する。
- 人気動線から半径30〜60分の衛星エリアに送客する周遊ルートをDMOが設計・配車する。
宿泊税とDMO:集めるだけでなく、勝ち筋に投下する
DMOとは何か。観光地域経営の司令塔
DMO(Destination Management/Marketing Organization)は、「観光協会の強化版」と誤解されがちですが、本質は地域の観光を経営する専門組織です。
観光事業者や自治体、交通、商工、金融などを束ね、地域としての観光戦略を設計し、実行まで統括します。プロモーションだけでなく、観光政策、投資配分、マーケティング、ブランディングまで担うのが本来の役割です。
ポイント:DMOはイベント係ではなく経営組織。KPIは観光消費額や連泊率、滞在単価の改善に置くべきです。
宿泊税の正しい使い道
大阪や京都、白浜などで議論が進む宿泊税は、徴収がゴールではありません。価格が上がれば需要は一部で減りますから、用途の戦略性がすべてです。
混雑緩和の交通、分散先のコンテンツ整備、多言語・予約・決済のUX改善など、回収した税を滞在価値の増幅器として使うべきです。
DMOに「権限・予算・人材」を集中せよ
本来のDMOは地域版の司令塔です。ところが、権限と予算が分散し、担当者が走り回るだけの連絡所になってしまうケースが少なくありません。瀬戸内DMOのような広域設計は、滞在回遊を大きく伸ばせる好例です。
DMOに宿泊税の配分権を与え、KPI(連泊率、分散先宿泊、体験消費)で評価する仕組みが要諦です。
税と需要の豆知識:価格が上がると需要は通常下がります(価格弾力性)。だからこそ、宿泊税は「体験の質」や「移動の快適」を上げる投資とセットで初めてプラスに転じます。
ケーススタディ:奈良の二枚看板で「来訪動機」と「滞在動機」を分ける
来訪動機=歴史、滞在動機=自然・体験
奈良監獄のミュージアムは強力な来訪動機になります。
そこに、2027年予定の山間リゾートのような滞在コンテンツを重ねれば、都市から自然へと客流をスムーズに誘導できます。東大寺から徒歩圏のカルチャー体験と、車で少し離れた山の滞在を一本の旅線に束ねる。「1都市1泊」から「都市+自然で2泊」へ切り替えるのです。
関係者別アクションプラン
観光事業者向け
- 商品は「宿泊+体験+移動」のセットで設計し、サイトで分断購入させない。
- 予約段階で2泊目特典の提示を標準化し、チェックイン時にも再訴求する。
- 人気スポットのピーク時刻を避ける旅程を自動提案し、混雑コストを可視化する。
自治体・DMO向け
- 宿泊税は分散・回遊・多言語・交通に重点投資するKPI連動型の基金で運用する。
- 上位5都道府県への集中をモニターし、隣接県への送客キャンペーンを共同実施する。
- 国立公園や湖沼・山岳で「入山管理×高付加価値体験」を同時に設計する。
投資家・金融機関向け
- 文化財活用型ホテルや山岳リゾートなど、季節分散と平準化に寄与する案件を優先評価する。
- 日帰り依存地域の宿泊化を目的とした開発(下関型)をポートフォリオに組み込む。
- KPIは稼働率だけでなく、連泊率・体験単価・分散送客数で評価する。
2026年の指標は「連泊率・分散率・体験単価」
6000万人という数値目標は道標にすぎません。2026年の成功指標は、連泊率、分散率(上位5都道府県以外の宿泊シェア)、そして体験単価です。
奈良監獄の保存と活用に象徴されるように、観光は「残しながら稼ぐ」時代に入りました。国内需要を大切に、過度集中を崩し、宿泊税とDMOを戦略の中核に据える。これが、人口減少と円安のなかでも地域を強くする現実解です。次の繁忙期までに設計し、次の閑散期から運用する。そうすれば、2026年の日本の観光地図は、いまよりずっと豊かで広くなるはずです。



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