見どころ
この記事では、トルドー政権下のカナダで何が起きているのかを、住宅危機、物価高騰、生産性低下という三つの軸から整理して解説します。
「なんとなくカナダは住みやすそう」というイメージだけで捉えていると、今起きている現実とのギャップに驚くはずです。自分の生活やキャリアを考えるうえでも、他国の失敗例を冷静に観察しておくことは意味があります。
- 住宅危機のインパクト:★★★★★ 平均世帯年収では到底届かない住宅価格と、空室率1.5%の賃貸市場がどれほど生活を追い詰めるのかを具体的な数字で実感できます。
- 見えないコスト構造:★★★★☆ 食品、ガス、通信、銀行など、あらゆる分野で「競争の欠如」と「政策ミス」が積み上がった結果としての物価高を俯瞰できます。
- 生産性低下と人材流出:★★★★☆ 投資不足や規制の重さが生産性の足を引っ張り、優秀な人材やスタートアップが国を離れていく負のスパイラルを理解できます。
カナダの「夢」と「現実」:トルドー政権への期待から失望へ
2015年「変化への期待」がピークだった夜
物語は2015年10月19日、カナダ総選挙の開票夜から始まります。当時、多くのカナダ人が国の方向性に不満を抱き、記録的な投票率で投票所に足を運びました。その結果、ジャスティン・トルドーが首相に選出され、会場には彼の名前を連呼する支持者の大歓声が響き渡りました。
トルドーのメッセージは非常にシンプルでした。「この国に、本当の変化をもたらす時だ。」というフレーズに、多くの人が未来への期待を重ねました。より多くの住宅が建設され、生活がより手の届くものになり、カナダは「黄金期」を迎えるはずだと信じられていました。それがいわゆるカナディアン・ドリームでした。
10年たたずに「夢」が「悪夢」に変わるまで
しかし現在、その夢は大きく色あせています。住宅価格は記録的なペースで上昇し、フードバンクには空腹の市民が殺到し、移民ですらカナダを去り始めています。動画は、この状況を端的に「カナディアン・ドリームがナイトメアに変わった」と表現しています。
外から眺めると、カナダは自然が豊かで多文化共生が進んだ「よさそうな国」に見えます。しかし内部では、住宅、生活費、生産性、投資、人材流出など、長期的に国力を削り続ける問題が同時多発的に進行しています。表面だけを見ると見落としがちな「ダークサイド」を丁寧に追っていく必要があります。
第1章 住宅と賃貸の危機:家が「一生手に入らないアイテム」化
平均的な家を買うのに必要な年収は17万ドル
カナダ人に今の生活で何が一番つらいかを聞けば、多くの人がまず住宅の話をするといわれています。子どもの頃には「安全な地域の一戸建てで家族を育てる」ことを当然のように夢見ていた人たちが、今やその夢を完全に諦めつつあります。
カナダで平均的な住宅を購入するには、世帯年収が17万ドル必要だとされています。バンクーバーではこの必要年収が36万ドルに跳ね上がります。一方で、実際の中央値の世帯年収は約7万ドルです。このギャップを見れば、多くの人にとって持ち家が現実的な選択肢ではなくなっていることが分かります。
さらに問題なのは、これだけ高額であっても、手に入る家が必ずしも広く快適とは限らない点です。バンクーバーの平均的な住宅は約200万ドルとされますが、日本人の感覚からすると「普通の小さな家」に見えるような物件も多いと紹介されています。同じ金額でテキサス州オースティンでは豪邸が買えることを引き合いに出し、価格と価値のアンバランスさが強調されています。
過去には、多くの市民に住宅取得のチャンスがありました。しかしこの数十年、住宅価格が賃金の伸びを大きく上回るペースで上昇し続けた結果、普通の市民は市場から締め出されました。持ち家を持たない人たちの多くは「もう買える気がしない」と考え始めており、精神的にもあきらめムードが広がっています。
賃貸も「イス取りゲーム」:空室率1.5%と家賃3000ドル
では、持ち家を諦めて賃貸に回れば解決するかというと、そう単純ではありません。カナダ全土の賃貸空室率は、史上最低水準の1.5%とされており、実質的に「イス取りゲーム」のような状態になっています。ひとつの物件に何百件もの応募が殺到し、借り手は消耗戦を強いられます。
この背景には、長年にわたる住宅供給不足、開発に対する住民の反対(いわゆるNIMBY)、そして各種の規制や許認可の遅さがあると説明されています。需要に対して供給が圧倒的に足りていないため、家賃は当然のように上昇します。トロントやバンクーバーでは、ワンベッドルームの平均家賃が3000ドル近くに達しており、税金と家賃を払うとほとんど何も残らない人も多いとされています。
結果として、食費を削る、人々が車中泊をする、複数の仕事を掛け持ちする、借金に頼るといった行動が広がっています。カナダの家計債務残高はGDP比で世界3位という水準に達しており、「借金なしでは生活が回らない」状態が常態化しています。
豆知識: カナダの銀行調査に基づき、2030年までに住宅の「手頃さ」を取り戻すには約500万戸の追加供給が必要だと見積もられていると紹介されています。ディベロッパー側は、この目標達成はほぼ不可能だと見ているとされます。
移民政策と住宅不足の組み合わせが生んだ圧力
トルドー政権は2016年以降、積極的な移民政策を進めてきました。2016年以降に受け入れた移民は約300万人に達し、過去数十年の平均よりも40%多いペースだとされています。さらに、留学生も100万人以上いるとされており、短期間に人口を急増させたことで、既に不足していた住宅市場に一気に追加需要を押し込んだ格好です。
経済学の教科書的に言えば、供給が追いつかない状況で需要だけを急拡大させれば、価格が上がるのは当然です。しかも、多くの移民や留学生はエントリーレベルの住宅や賃貸を求めるため、若年層や低所得層が狙う物件と競合しやすくなります。その結果、学生がバンで生活したり、駐車場で寝泊まりしたり、1つの部屋に5人を押し込むルームシェアが横行したりする状況が生まれています。
第2章 食料とガソリンの高騰:日常生活をじわじわ削るコスト
食料インフレとフードバンクの急増
住宅だけでなく、食費もカナダの家庭を追い詰めています。2022年以降、食料価格は10%以上上昇し、2023年3月には約200万人がフードバンクを利用したとされています。これは過去最高であり、2019年のほぼ2倍という水準です。
食料価格の高騰は、単純にスーパーの「暴利」だけで説明できるものではないとトランスクリプトは指摘します。ただし、スーパーマーケット業界が少数の企業に高度に集中していることは事実であり、上位数社が市場の約80%を支配しているとされています。特にパン市場は2社でほぼ独占されており、価格決定力が極めて強い構造になっています。
さらに、政府自身の政策が食料価格を押し上げている側面もあります。カナダ政府は鶏肉、卵、乳製品などの供給管理制度を通じて国内農家を保護していますが、そのコストは消費者に転嫁されます。トランスクリプトでは、この保護制度によって平均的なカナダの家庭に年間約450ドルの負担が生じているとされています。家賃やローンの支払いに苦しむ家庭にとって、この金額は軽視できません。
関連情報: カナダでは環境政策として炭素税が導入されていますが、トランスクリプトによれば、議会予算官はリベートなどを含めた「経済的影響」を考慮すると、多くの市民がネットでは損をしていると説明したとされています。
ガソリン、光熱費、通信、銀行手数料まで「高い国」
政府は炭素税によって排出削減と技術革新を促したいと説明しますが、現実にはガソリンと暖房費を押し上げる効果が強く出ています。特に暖房に重油を使う地域では、炭素税による負担が耐えがたいレベルに達し、一部地域では政治的反発を受けて税率を下げざるを得なくなったと紹介されています。
高いのはエネルギーだけではありません。通信費と銀行手数料も世界トップクラスです。携帯電話とインターネット料金は世界でも最も高い部類に入り、オーストラリアの7倍、フィンランドの1000倍という極端な比較が紹介されています。第四の通信事業者であったショーが最大手のロジャースに買収されたにもかかわらず、政府はこれを止めなかったとされており、競争の欠如が一段と進んでいます。
銀行業も同様に数社による寡占で、新規参入は極めて難しいとされています。その結果、カナダ人は英国やオーストラリアと比べて年間約250ドル多い銀行手数料を払っていると紹介されています。ここまでくると、もはや生活全般に「カナダ・プレミアム」が乗っているような状態だと言えます。
第3章 生産性低下と投資不足:豊かさのエンジンが止まった国
生活費だけが上がり、生産性と賃金は伸びない
コストが上がるだけなら、まだ救いがあります。高い生産性と高所得の仕事が増えれば、負担に耐えられるからです。しかしカナダでは、その「出口」が見えていません。2019年以降カナダの労働生産性はむしろ低下しているのに対し、アメリカは同期間で約6%の上昇を記録しています。
生産性が伸びないことは、賃金の伸び悩みと生活水準の低下に直結します。カナダ人の多くが「頑張って働いているのに報われない」と感じるのは、単なる感情論ではなく、数字にも表れています。生活費が世界トップクラスに高いのに、生産性も賃金もそれに見合っていない状態は、長期的に見て非常に危険です。
企業投資の流出と競争の欠如
なぜ生産性が伸びないのでしょうか。
主に三つの要因を挙げています。一つ目は民間投資の不足です。カナダ企業は国内よりも海外への投資を優先するようになっており、「カナダではリターンが見込めない」と判断していると解説されています。現政権がビジネスフレンドリーとは見なされていないことも一因とされています。
二つ目は、繰り返し出てくる競争の欠如です。通信、銀行、食品など多くの産業で少数企業による高い市場集中が見られ、既存企業は投資やイノベーションに追い立てられるプレッシャーを感じにくい状況です。対照的に、アメリカでは産業全体の集中度が相対的に低く、企業は常に競争優位を求めて再投資とイノベーションを繰り返しているとされています。
三つ目は、エネルギー分野などにおける政策的な圧力です。2014年以降、エネルギー投資が年間約600億ドル減少したと紹介されています。環境面で化石燃料への投資を絞る方向性は理解できるものの、その代わりに技術産業が爆発的に伸びているかというと、そうなっていない点が問題です。2016年以降、テクノロジー企業由来のGDPはインフレ分しか増えておらず、実質的な成長はほぼゼロだとされています。
人材とスタートアップの「南への脱出」
投資だけでなく、人材もカナダを離れています。毎年カナダ人の約7%がアメリカへ機会を求めて移っていると説明されています。給与水準が高く、生活コストが相対的に低く、経済もダイナミックであるアメリカを選ぶのは、合理的な行動とも言えます。
この人材流出は、単なる「頭脳流出」にとどまりません。スタートアップや新しい産業の芽が国外に流れてしまうことで、国内の生産性やイノベーションの可能性も一緒に失われていきます。損をするのは政府ではなく、国内に残る市民です。中央銀行も、生産性の低迷と物価高のダブルパンチの中で、低金利を維持する余地を失いつつあると説明されています。結果として、住宅ローン金利などの負担も重くなり、生活はさらに苦しくなります。
カナダの「暗い現実」から何を学ぶべきか
構造問題を放置すると、好イメージの国でも崩れる
カナダは長い間、「暮らしやすい国」「穏やかな先進国」というイメージを世界から持たれてきました。しかし、住宅不足、移民政策、規制と税負担、競争の欠如、生産性低下、人材流出などの問題が重なれば、どれだけイメージが良くても現実は容赦なく悪化します。
住宅については、長期にわたる供給不足と人口急増が重なった結果、「家を持つこと」が一部の人だけの特権になりつつあります。食料とエネルギーについては、産業保護や環境政策が十分な設計なしに重ねられたことで、低所得層ほど負担が重くなっています。通信や銀行などインフラ産業では、規制の網がむしろ競争を阻害し、高止まりする料金が固定化されています。
そして、生産性と投資、人材の問題は、すべてを長期的に悪化させる「見えにくい病巣」です。生活費が上がる一方で、生産性が伸びず、高付加価値産業も育たず、優秀な人材が国外に出ていくという構図は、どの先進国にとっても他人事ではありません。
表面的なイメージやスローガンだけで政策を判断すると、こうした構造劣化に気づくのが遅れます。動画が投げかけているメッセージは、「理想の国の失敗」を冷静に観察し、自国で同じ轍を踏まないようにすることの重要性だと言えます。



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